猫と言語。

猫と縁のない人からは「何をバカな…」と一笑に付されるだろう。
しかし猫飼いの人には、あるいは頷いて頂けるかもしれない。
猫は、少なくともうちの猫はおそらく、言葉がわかっているように思える。
名前を呼ばれると遠くにいてもやって来る。二階から「ほせ、ほせちゃーん」と呼ぶと、
「うにゃうにゃうにゃ!」とまっしぐらに階段を駆け上がってくる(機嫌のいい時は)。
嬉しいのと面白いのとで、用もないのに呼びつけ、「ごめーん、呼んだだけ」と謝る。すまん。
他にも「ごはん」と言うと狂喜乱舞するし。洗濯干しの時だけベランダ侵入を許可しているが、
「はい終わり、もう帰って」と言うと、ホセは素直に帰る。おそと大好きなアントニオは
柔道受け身で抵抗するが、何度か語りかけるとぶつくさ言いながら戻る。いや本当に。
というわけで、リスニングに関してはだいたい問題ないように思える。
ただ、スピーキングとなるとまた別の話で。無理である。まるで自分の英語のようだ、と自爆。
音声器官が人間と全く違うと思われる猫のこと。非常に残念であるが。
ただ、はっきりとは発音できなくても、特にホセは、軽く「にゃー」と甘えるときの声と
「うろうろろー」と怒っているときの声が如実に違うし、それ以外の声もだいぶ聴き分け、
その意味が理解できるようになってきた。アントニオは…、単調だけど。それも個性。
ところで聞いた話であるが、猫はその一生のうち一度だけ、本当に人の言葉が話せるそうな。
その一度だけはずの言葉が「くさい」であったとか、「けちゃっぷ」であったとかとか。
そういう「悲劇」がネットに散見され、しばし腹を抱えて笑った次第である。
ところで、うちの猫たちが、もし一語だけ話すとすると、いったい何を話すのであろうか。
今後の楽しみとしたい。
特に、「魂が大人でいらっしゃる」と思われるアンニュン先生(アントニオ)は、
ものすごく高邁なことを言いそうである。「梵我一如」とか、「心貧しきものは幸い」、とか。
すみません。飼い主バカ全開で…
ホセ殿は…、絶対「苦しゅうない」だな。

目あらば見なさい。耳あらば聞きなさい。

無礼であるー。手打ちにいたすー。