『の国語授業』。

〈銀の匙〉の国語授業 (岩波ジュニア新書)

〈銀の匙〉の国語授業 (岩波ジュニア新書)

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前にも書いたが、小学生の時、自分はいっぱしの受験戦士であった。
というのは名ばかり。塾へ電車に乗って行くことと。たまの「買い食い」と。
電車内等で友人と漫画雑誌を回し読みするのが楽しみな、怠惰な戦士だった。
塾では毎月のように各種の学力テストが行われていたが、それはそれは苦痛で。
最高に難しいとされる「NK模試」だかなんだかも、ノリで受けていたのだが、
問題文からして「一体何をおっしゃっているのかわからない」という感じだった。
当時は、テスト返却とともに「成績優秀者」のリストが配られていたものである。
今の時代には、そんなことをしているかはわからない(うちでは考えられない)。
そのリストに乗っている名前は、大体いつも同じだった。今でもうっすら覚えている。
全く見も知らぬ人々だが、今では各界の最前線で活躍されていることと想像する。
こういう人々が、皆が憧れるNへ入る人々なんだろなあ… すげえなあ… と。
自分は麓から遥か、秀麗な頂きをただ眺めるばかりであった。Kくらいまでなら、
幸運に恵まれれば何とかなるかもしれんが、Nだけは別格だ、俺には無理だ、と。
闘う前から戦闘を放棄していたのでは、何が戦士、という感じであった。
で、当然ながら、Nとは直接的に関わることは一切なかったわけだが。
それでもそれから今までの自分の人生で、何人かN出身の人を知る機会を得た。
その自分の非常に少ない事例から一般化するのも恐縮だが、N出身の人というのは、
頭がずば抜けていいのは確かだが、懐が広いというか。視野が広いというか。
中途半端な進学校(どことは言わんが)にありがちな、「勉強はできるけど…」
というタイプとは対極にある、魅力的な人が多いような気がしていた。
その魅力の秘密への鍵を、本書は与えてくれた気がする。て、なんと長い前振りだ。
N校、いやもう伏せても意味ないな(笑)、灘校の名物国語教師・橋本武先生が、
長年実践してこられた教育方法と、「学び」に対する基本理念が本書のテーマである。
銀の匙』という比較的短い小説ただ一冊を、中学三年間かけてじっくり扱う。
しかしただ扱うだけではなく、そこから無限に「学び」を広げてゆくのである。
一見非効率極まりない。「成果」重視の昨今の教育の流れには真っ向から逆らっている。
ただ、そこから、受験などという小さな「成果」にとどまらない、真の力を持った
人材が生まれてきたという。まあ、灘だからできた、という気もしないではない。
鶏と卵とどっちがどっち、とも言えるが。しかし、一片の真理はあると思う。
自分が今までやってきたこと、今やってることに対しても、別の光を与えられた気がする。
自分はいっぱしの講師であるので、特にそう思うのかもしれないが、
「教育」と関係のない人はいないわけで。全ての人にとって、興味深い話であると思う。
またそれにとどまらず「生き方」への「学び」も得られる。是非ともお勧めしたい本である。
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<本日の言葉>
「仕事と思えば腹が立つ。しかし私はこうしたくてはじめたことであり、…
 苦痛は何もなかった。」
                 本書より