『吉里吉里人』。

吉里吉里人(上) (新潮文庫)

吉里吉里人(上) (新潮文庫)

井上ひさし氏に哀悼の意を抱きつつ。上中下巻、読了。
自分が生まれてはじめてまともに読んだ小説は、井上ひさし氏の作だった。
あれは小学校の終わり頃だったか中学校のはじめだったか。漫画ばかり読んで、
全く本を読まない自分に業を煮やしたのか、ある日親父が大量に小説を買ってきた。
その中にあったのが、井上ひさし氏『ブンとフン』だったのである。それにしても。
今にして思えば、他は漱石だの鷗外だの、太宰だの三島だの三木清だの、一見して
めっさ硬そうなものの中に、なぜ「井上ひさし」が混ざっていたのか、いまだに謎だ。
この時買ってもらった本で、いまだに読んでいないものも多いのだが。それは別の話。
せめて一冊くらい軽いものも入れておこう、という親父なりの配慮だったのか。
あるいは…、親父よ。「井上靖」と間違えたのではないですか、ズバリそうでしょう。
親心がどこにあったか知らねど、バカ息子はこの、究極のナンセンスにのめり込んだ。
何度も繰り返し楽しんだ後は、『ドン松五郎の生活』や『私家版・日本語文法』など
氏の他の作にもあたった。ただ、ずっと前に書いたが『花石物語』は当時挫折した。
東北弁がなじめなかったのと、まあ、ちょっと子供にはわからなかった、ということか。
同じ見当で、『吉里吉里人』も敬遠していた。量に圧倒されていた、というのもある。
で、先日の井上ひさし氏の逝去をうけ、これは読んでみなければ、と思い出した次第。
舞台はある東北の寒村。日本政府の農政、憲法に対する仕打ちにたまりかねたその寒村は
ある日突然、日本国からの独立を宣言する。初めは一笑に付していた日本政府であったが、
この新国家「吉里吉里国」の繰り出すあの手この手に、どうにも、手を焼くはめになる。
その歴史の目撃者となった駄目小説家の主人公。そして彼らを取り巻くドタバタ活劇。
そしてラストは… と、相変わらずのナンセンスぶりは読む者を痛快にさせる。
中にはあざとい枚数稼ぎもあったが。まそれも井上氏のウリではある。何度となく苦笑。
しかしハハハと笑うと同時に、背中に冷たい汗が流れる記述もあった。
食料も外交も全く他国に頼り切っている今の日本。「吉里吉里国」をいんちきよばわりし、
我こそは正当な国家であると胸を張るだけの資格が今の日本にあるのだろうか。
医療の場もそう。有能な医師や看護師に仕事が集まり疲弊し、一方で資質を疑う医師の存在。
医師や看護師の仕事を細分化し、汎用性のある仕事には広く人材を求め、専門性を要する仕事
に専門性の高い有能な人物が専念しやすくする。また大学医学部から医局というパイプライン
とは別に医者を養成する術を持つ、という「吉里吉里方式」は、現代医療への強固な提案と
ならないだろうか。これは医療の場に限らず、この就職難の時代を解くカギにもなるのでは。
普天間問題で揺れる沖縄などを考えれば「独立」というのが、小説の中だけの出来事では
ないような気すらしてくる。選挙もあることであるし、国家と国民のことを考える大きな
契機となる、今回の読書であった。
しかしなあ、今回ほど自分の立ち位置が決まらん選挙もない。
消費税、あげたほうがいいんかどうなんか。それ以前に、自分はこの国をどうしたいんか。
あー、今更にして思う。答えを見つけたい。勉強したい。かしこくなりたい。
*****
<本日の言葉>
「♪吉里吉里人(ちりちりづん)は眼(まんなご)はァ澄んで居(え)で
 ♪頬(ほ)ぺたと夢(ゆんめ)はァ脹(ふぐ)れでで
 ♪男性器(だんべ)と望(のんぞ)みはァ大(おつ)きくて
 ♪女性器(べちょこ)と思慮(すりょ)はァ練(ね)れでえんだちゃ」
                 ・・・「吉里吉里国歌・二番」


もいいんですが、こっちも。


「イッヒ アッテ アイネ メッチェン アルヒハイデルベルヒ。
 ウント ヒトメボレルン ダス メッチェン、ヤーボール
 ツレコムシュタット ヤス ホテルン…」
            ・・・ハインリッヒ・ハイネ 『ダス・トモネ』


じゃなくって、本当はこれです。


「俺達(おらだづ)が独立(どぐりじ)を踏み切(ぎ)ったなぁ、日本国(ぬほんのくに)さ
 愛想(あえそ)もこそも尽き果(はん)でだがらだっちゃ…」
「…錦(にすき)の御旗(たこ)ば例の『国益』(こぐいえぎ)よ。俺達(おらだづ)ァ怒っ(ごしゃわけ)だ。
 俺達(おらだづ)の気持(きもぢ)ば蛙(ふるた)ば踏ん潰(づぶ)すみてぇに踏ん潰(づぶ)す
 国益(こぐいえぎ)なんぞもう肥溜行ぎだ。国益なんつう言葉聞くともう反吐が出る(もどすばっかりだ)。
 失敗(しくつ)てもええ、最後まで(とことん)俺達(おらだづ)のしてようにしてみんべ、
 なに一所懸命(みつちと)やれ(かかれ)ば出来ねえことも無(ね)べ、つうわげでこの度の俺達(おらだづ)の
 独立(どぐりづ)となったのっしゃね。」
                   … トラキチ東郷