遙かなる熊野本宮2「天王寺→堺東」。









(1)阪堺電車天王寺駅前駅」から再スタート。
(2)街道碑はゴミ捨て場に。
(3)「5・阿部王子」。
(4)住吉大社では結婚式に遭遇。
(5)大和川を渡る。アディオス大阪。ウェルカム堺。
(6)「7・境王子」跡。
(7)方違(ほうちがい)神社。
(8)本日のゴール、堺東駅
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前回から、思わず1年と数ヶ月のブランクを経てしまった。(↓下参照)
http://d.hatena.ne.jp/Moulin/20090211
ヨメ誕生日記念ウォークと銘打って再開。実は夜のホルモン焼肉のために
腹を減らすのだ、という密やかな目的も。信仰心からは程遠く。
前回「でん」して終わった「天王寺駅前駅」(毎度ながら、どういう駅名だ)に
再タッチして歩行開始。阿倍野界隈を南下に南下。軒を連ねる商店街に、
また、重厚な「あべのベルタ」に、古き良き昭和をびんびん感じまくる。
途中の感じのよいローカルな蕎麦屋でお昼に(毎度ながら、飯が早い)。
食事中、托鉢僧が店の表でむにゃむにゃとお経を唱え始める。
すると店の大将と、「社長」と呼ばれていた常連客とおぼしき人が口々に、
「あれはニセもんや。アルバイトや。」(*注1)
「衣装用意するだけですぐ開店でける、楽な商売や」(*注2)
「一人百円でも、百人から集めたら一万円や。それだけで食うてける」(注3)
(*注1〜3)根拠はありません。ただ、オッサンたちが言うてるだけです。
「知ったかぶり」と「カネの話」に強烈に大阪を感じた。笑いをこらえるのに必死。
楽しいので何時間でもいられそうだが、先を急いで店を出る。
続いて、陰陽師安倍晴明ゆかりの安倍晴明神社と阿倍王子に参拝。
阿部野、安部、阿部、と続く地名。古の豪族・阿部氏の栄華に思いを馳せる。
その思いを「あべし!」という断末魔が振り払う。おお、我ながらしょうもないぞ。
さらに南下すると、帝塚山のセレブゾーンに突入。カルチャーセンターやジャズバー、
ブティック、さらに塾が沿道に増えてくる。いきなり変わる雰囲気が、また楽しい。
すみません、ここからは思い切り主観でもの言いますが(そもそも全て主観)。
帝塚山て、確かにセレブなんやけど、親近感のあるセレブいうか、敷居の低いセレブいうか。
「普通の学校に通ってる、ええとこの子」て感じがする。ちびまる子の「はなわ君」や、
いやそれこそ、じゃりん子チエの「マサル」みたいな、ああいう感じだ。
芦屋とか白金エゼ(何)とかのスキのない、悪く言えばツッコミようのない雰囲気と違って。
どこまでも懐が広い感じだ、てこれ褒めてるんかどうなんか(笑)
街の雰囲気が、今度は古風な街道筋、という感じになってきた。住吉大社が近い。
住吉大社では、結婚式をしていた。神道式の結婚式、どこまでもオープンだ。
どこの誰かは知らねど、彼らの人生のクライマックスに立ち会えた僥倖。温かい目で祝福。
また、住吉大社は、さながらテーマパークであった。持ち上げて軽いと感じれば願いが叶う
「おもかる石」(やや重、だった。残念) また、多数の玉砂利の中から「五」「大」「力」
と書いてある石を探して、それをお守りにする「五大力石」のコーナー。十二分に楽しむ。
さらに遠里小野を経、大和川に至る。大和川の川原でしばし休憩。
釣り糸を垂らす少年たち。また、ラジコン飛行機に興じる人々もいて、平和な休日の風景。
しかしヨメよ。ラジコン飛行機を飛ばす人を「スネ夫」と呼ぶのはやめよ。
大和川を渡ると、ついに堺市に突入。ようやく旅らしくなってきた。
心なしか前方の和泉山脈も大きくなってきた。あれをいつの日か越えるのか。
浅香山駅から、大阪刑務所の前を通って(中は全く見れません、当然ながら)、境王子へ。
ここは石碑があるのみ。さらに方違(ほうちがい)神社に至る。
この神社は、摂津・河内・和泉の三国の境にあり、方角が存在しない聖地であるのだとか。
(ちなみに、近くの「三国ヶ丘」の由来も同様であるらしい)
実は、うちの屋根裏部屋に、前の人がお札を残していったのだが、それがこの神社のお札。
というわけで、一度は来てみたかったのである。うちは方角がややこしそうなので、
方角関係なし!ということにしたかったのだろうか、と。今度来るときはお札取り替えねば。
最後は南海堺東駅へ今日のゴール。足は堺だが、頭と胃袋は既に鶴橋にあり。
「今回の行程 約11キロ ――熊野本宮まで あと約219キロ」