編集のイリエさん。

ヨメがなんだかの本を出すらしく、出版社さんのお世話になっているわけだ。
編集と締切に追われているのは、フニャコ・フニャオだけかと思っていた。誰だそれ。
執筆者と編集者。猫と鼠の如し。その現実をマノアタリにし、なかなか面白い(ひとごと)。
見ている分には面白いが、それが我が身に降りかかってくると、話は別である。
ヨメがいつもタイミングが悪いのか逃げているのか、なかなかつかまらないらしく、
そうなると家に電話がかかってくるわけだが。その編集のイリエさん(仮名)、
「○×出版のイリエと申しますが…」と言う時の、この世の終わりのように暗い声。
それが第一印象だった。暗いだけならまあ、いいのだが、私が電話に出た時、
「はーっ、」と露骨に溜息をつくのはいかがなものか、と。ある時なんぞ、
「オフィスにいくらおかけしてもいらっしゃらないんですが…」と半ばキレ気味に
言われた。俺に言われても知らんがな。あまつさえ電話切り際に、こう言われた。
「是非お電話頂戴したいとお伝え下さい。○×出版の『イ・リ・エ』と申します」
お前は選挙カーか。
他の時も、どうも私が脱糞している時(失礼)とかヒゲ剃っている時とかを狙ったように
電話を掛けてくる傾向がある。なんというタイミング。どうも相性の悪さを感じる。
で。
なんだかの件でイリエさんと直接折衝するため、ヨメが東京に出張した。一昨日のことだ。
ヨメはその夜は東京の友人宅に泊まり、翌日、つまり昨日は、一日東京見物をしてから帰る
予定であった。ただ、その予定を少し修正せざるを得ない事情が生じたのだ。
フィギュアである。
「朝○△寺に行って、鈴木明子のところで(友人宅に)帰ってきた!頑張れニッポン!!」
丁度鈴木明子が、ほぼ完璧な演技を終えたところで、そうヨメからメールが入った。
鈴木明子の完全復活に涙ちょちょぎれていた(ひとりで)私。同様に家のテレビでフィギュアに
完全に入り込んでいた。歴史の目撃者に我々はなるのであろうか。
ヨナとマオ。古くは武蔵と小次郎、新しくは大鵬柏戸(新しいか?)とも並び称される二人。
この対決を観るため、私は猛烈な勢いで、夜の仕事の準備と家事を午前中にすませ、
斎戒沐浴して、世紀の瞬間に備えてた。
ところが…
ちょうどキム・ヨナの演技がぐーーーっと佳境に入ってきた頃に、電話が鳴った。
は?ありえんやろこんな時に。でも大事な電話だったらいかんので、しぶしぶ取った。
出たよ。「○×出版のイリエと申しますが、奥様は…」
いないことを告げると、普通なら「わかりました改めます」で十秒で済みそうなもんだが。
イリエさんは食いついてきた。
「昨日は東京にお泊りということをお聞きしていましたが」
「そうですね」
「今新幹線の中ということでしょうか」
「時間は聞いていません」
「携帯に何度かおかけしているのですが、お出にならないのでどうされたのかと…」
「わかりません知りません、手が離せないんじゃないですかね。」
フィギュア観てんだよ!と、喉まで出かかったが、それは思いとどまり。
「どのようにさせて頂いたらよろしいでしょうか、何時ごろお戻りでしょうか…」
目は画面にクギヅケで気が気でない私。キム・ヨナの歴史的高得点と、それをよそに
俯き動揺を鎮めようとする浅田、そして前を見つめなおしリンクに入ってゆく…、と。
この好場面で、なんでよりによって… この人もしや故意に意地悪をしている???
いい加減キレてきた私は、「知りません、私も手が離せないんです今っ!!」と
少々語気を荒げて言い放つと、「すみません、では…」と切れた。
なんなんだ、一体。
というわけで、マオちゃんが負けて悔しいとかよくやったとか次頑張れとか、
ヨナは完璧だったとか点数が出すぎとか、そういう諸々の感情を全て超えて、
この好勝負は私にとっては「イリエさんが電話掛けてきた勝負」ということで、
一生記憶が続いてゆくのであろう。おおそうか。
日本国民の皆さん。マオちゃんが負けてしまったのは、イリエさんに邪魔されて
私がカナダに気合を送れなかったからです。全ての責任は私にあります。(イリエさんは?)
いやま、イリエさんにしてみれば、一生懸命職務を全うされていた、ということで。
全くご苦労様、というところだが。それにしてもタイミング悪すぎやろ。
そんなイリエさんは、ひたすら暗く真面目な人と思いきや、一度ヨメ宛のファクスに
謎の絵を書いてきたことがある(下参照)。これは何だ。自画像?と夫婦で悩む。
イリエさん。ますます侮れない、不思議な魅力を孕む人である。
でももう電話、二度と掛けてこないで。(×杏里)