四国珍道中其の弐「こんぴらふねふね」。


1段目。千里の道も一歩から。
張り切ってスタート。

仰げば尊し。うんにゃ、仰がねばならないので尊くなるのだろ。
と憎まれ口を叩くム、人呼んで「にくまん」(肉饅?)

785段目。本社に到着。「金」の字体が面白い。
普通の人なら、ここまで。物好きな我々はさらに奥へ。

さらに階段は続く。はひー。

1368段目。奥社に到着。これだけ苦労したんだから、
ご利益がないと納得できない(罰当たり)

幸せの黄色いハンカチ、もとい黄色いお守り。
わんこが超ラブリー(ピンボケご容赦)。
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旅の朝はヒグラシの合唱が目覚まし時計がわりだった。
都会のアブラゼミクマゼミは、暑さを増幅するトランジスタに過ぎず。
不快感すら覚えてしまうが(彼らも生きてるのだし、可哀相な言い方だが)
白昼のミンミンゼミや朝晩のヒグラシの声は、夏の心地よい風物だ。
子供の頃の、夏が来るのが嬉しくて仕方なかった頃を思い起こさせる。
セミが鳴いているということは、天気が持ち直したのだろう、と。
寝床からテンションは上がる。いざ勇躍、こんぴらまいりへ。
ここ○川に(今更伏せ字)生を受けたム、今更こんぴらさんかよ、
何度も来たわ、と侮ってはいたが。いやはや今まで何を見聞きしていたのか。
知らないことだらけである。まず何故この山中にして「海の神様」なのか。
また、街に響き渡るこの歌。「こんぴらふねふね」からして謎。
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♪こんぴらふねふね 追い風に帆かけて しゅらしゅしゅしゅーー
(お池に帆かけて、じゃないよ。)
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しゅらしゅしゅしゅしゅー、て何。聞くたびに「修羅の国」が頭に浮かぶが。
にしては、いかにも脳天気なメロディー。オノマトペの一種なのかしらん。
また、土産物屋には、うどんや名物しょうゆ豆、マル金印の団扇と並んで、
森の石松グッズが所狭しと並んでいる。特に股旅装束には購買欲をそそられる。
(高いのでやめたが、もし買ってたら、どのように使えばよかったのか)
ところで、森の石松て何した人だったっけ。で、こんぴらと何の関係が。
そういう知識って日本人のデフォルト教養だったんだろうけど。恥ずかしいね。
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「江戸っ子だってねー、寿司食いねえー」とか
「たびぃーーゆけぇーーばぁーー」とか
森の石松ぅーー、おどろいたーーー」とか
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自分の中では、日常生活上よく使うフレーズであるが(どんな生活してんの)
誰が江戸っ子で、何故寿司を食わなければならないのか。あるいは、
森の石松は一体何に驚いたのか、と説明を求められると答えに窮する。
勉強せないかんなー、と。
と、最初のうちは、そんな戯言で盛り上がってはいたのだが、
階段のあまりの長さに、口数は少なくなり。いつ来てもしんどさは同じ。
しかも今回は、何を血迷ったか、持ち前のMっ気に磨きがかかったか、
奥社にも足を伸ばし。しかし行ってよかった。いい経験であったと思う。
往来が比較的多く、景色も変化があり、太陽が明るく照らす本社までの道。
訪れる人が少なく鬱蒼としており、自分や自然と対話しつつ歩く奥社道。
両方のよさがあるし、両方を経験できてよかった。さながら人生の前半後半。
ただ、中年を過ぎかかっている今となっては、後者の方を近しく思った。
とは言いつつ、山道と違い、衝撃がもろ足に来る階段はつらく。
帰りは完全に足に来た。いや、こんなとこでヘタってる場合ではないのだ。
今からテントたてないかんのだ。しかもやったことないのだ。
どないしましょー、と緊迫感が高まったところで(どこが)、続く。
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<本日の一首>
「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の
 われても末に あはむとぞ思う」
                  崇徳院

こんぴらさんに祭られているのは、大物主神崇徳天皇、ということ。
崇徳天皇は流転の人生をここ○川で終えられた、と。その無念を思う。
百人一首にも入っている上の首は、落語等でも取り上げられ有名である。
しかし自分の中ではこの首はあくまで「『はいからさん』の首」である(何だ)