思い出との距離感。

なんでこんなこと思い出すのかわからない、という状況で、
脈絡なくぶわーー、と過去の記憶が出てくることってありますよね。え俺だけ?
そんで、いーとなったり、わーとなったり、おーとなったり、時々えへへとなったり。
つうか自分の場合は、穴があったら入りたい気持ちになることが多すぎる気がするが。
今からする話は、分類不可能である。自分のスタンスを決めるのが難しい。今も決められない。
時間は25年近く前にさかのぼる。
小学校の時、学年でキックベース大会みたいのがあって、各クラスから2チームを出すことになった。
なんで40人学級から2チームなのか、1チーム何人だったのか。ディテールは全く忘れた。
男子女子混成だったことは覚えているが、守備位置はどうだったか、打順などは何もわからぬ。
ただ、チーム決めの場面は頭に浮かぶ。まずクラスの総意で主将が二人決まった。もっとも
そこまでのプロセスについては思い出せない。ひとりは、体が大きく気が強いガキ大将格であった。
一番背が高く、スポーツ万能。しかもジャイアンキャラときていて、まさにクラスの中心であった。
いまひとりは非常に運動はでき大柄だが、どことなく地味な、やさしい感じの少年であった。
まあたとえていうなら、キャプテンの谷口@キャプテン就任前、というキャラであった(わからね)
で、ここからが担任おいおい、ていう決定法なのだが。あるいは担任はその場にいなかったのかも。
ジャイアンチーム、キャプテンチーム、それぞれどちらに入りたいかクラス全員の希望を募ろう、
ということになった。筆者は周知のように、キックベースで空振りをするくらいの運動音痴である故、
どちらにとってもお荷物。希望の資格はない。あとでどっちかに引き取ってもらおうと自ら判断。
成り行きを生温かく見守っていた。すると勝ち馬に乗りたいという人間の本性か、ジャイアンチームに
希望者が殺到。キャプテンチームは、チーム編成すらできなさそうな惨状となった。当然筆者はそちらに
組み込まれることとなった。哀れキャプテンは、机に伏して泣き出してしまった。クラスは最悪な雰囲気に。
しかしここで、人間捨てたもんじゃない、という現象が起こる。空気を読んだ子供たちが、
男女を問わず、ひとり、またひとり、とキャプテンチームに移っていった。で、なんとか人数的には
イーブンとなった。しかしま、空気を読んで移るほどの優しい子達であったからかはわからないが、
集まったメンバーは筆者を含め、どことなく頼りない感じだった。クラスの運動のできる主力は、
大方ジャイアンチームに入り、学年全体を見通しても無敵、という感があった。まさに野球マンガの悪役。
が、ここからが、なにそれそのリアル第三野球部、てゆう展開なのだ。筆者含めたキャプテンチームの
メンバーは一人一人が、「キャプテンを男にするんや」という気概を幼心に持っていたのだろう。
男子女子が敵対することの多い年代であったにも関わらず、放課後にチームで集まり秘密練習をした。
筆者的には憧れの女の子と接することができるのが嬉しくもあった(当時から変態)
そしてほんまにマンガのように、奇跡的に勝ち上がり続けたキャプテンチームは、決勝までコマをすすめる。
相手はもちろん、宿命のライバル・ジャイアンチームであった。決勝では、序盤に大量リードを許すも、
普段運動のできない子のスーパーキャッチあり、快打あり。ついに逆転勝利をおさめた。まるで墨谷対青葉。
優勝。みんなで胴上げしたのかとか、泣いちゃったのかとか、やはりディテールは覚えてないんだが。
なんしか、このドラマの一員になれてよかった、という気持ちだけは脳裏の片隅に残っている。



で終わったら、普通にいい話なんだが。現実はそうはいかなくて。
やはり思い出は美しいままにとっておいたほうがいいのかもしれない。この*三つの距離感が悲しい。
読者の皆さんも、ここから先は読まないほうがいいかもしれない。なら書くなて感じだが。
自分の複雑な心境を表すには、やはり書かざるを得ないので。なんとも。
筆者は、中学から地元を離れてしまったので、小学校の思い出がタイムカプセルのように保存された。それも
幸か不幸か、重大な要因なのかもしれない。思い出の中のメンバーは年をとらないが、皆は年をとっていくわけで。
次にこのメンバーと再会したのは成人式の時である。ひとしきり盛り上がり、あのドラマの思い出話にも花が咲いた。
小学校の時に好きだった憧れのあの子の晴れ着姿は眩しかった。しかし高嶺の花なことは昔も今もかわらず。
その子とは別の子が、わりかし学校同士近いことがわかり、「連絡してよ〜」と言われ、連絡先を交換した。
しかし当時、自分も自分なりにいろいろあったし、非常に失礼ながら面倒くさかったりで、そのままになってた。
しばらくして電話がかかってきてブチ切れられた 「なんで連絡してこおへんのよ!」みたいな。
そんなで、せっかく再会したメンバーとも会いづらくなってしまった。自業自得ではあるのだが。
そんなこともありながら、キャプテンだけとはちょくちょく会ったり飲んだり、の仲がそれからも続いた。
相変わらず、気のいい、友達に対してマメな男だ、という印象であった。結婚したばかりのヨメさんにも紹介できた。
が、しばらく間があいて久しぶりに会ったとき、なんか「あなたもこうすれば金持ちに!」みたいな本を渡され、
いろいろ説明されたり講演行こう誘われたり。本を熟読したが、どこをどう読んでもキナ臭い話なのだ。
で、あれこれ理由をつけて渋っていたら、「ひょっとして俺のこと疑ってるのん!」と逆ギレされ。それっきりだ。
本当に彼が自分のことを思ってその話を持ってきてくれていたのだとすれば、本当に申し訳ない限りだ。
あるいは、自分をカモったろとか思っていたのであれば、多少はショックである。だがま、それもあるだろうかな、と。
あまりショックでもない自分もいるのが、ある意味嫌でもある。或いは、怒ってでも、泣いてでも、彼を止める
べきだったのであろうか。それができなかった自分を悔いるものであるが。それぞれ大きくなった身、
どこまで相手の領域に踏み込んでいいのか、というのは非常に難しい。
これが大人になるていうことだ、と陳腐な言葉で終わらせるには
あまりにも思い出は美しい。
こうして、だらだら書いてしまったのは、これを読んだキャプテンがなんらかのアクションを
自分にしてきてくれるかもしれないという一縷の望みもある。たとえ再勧誘されようとも、だ。
今度は思いっきり怒鳴りつけてやりたい。丁度あのとき、皆がキャプテンを救ったように、だ。
マザー・テレサが言ったように、愛の反対は憎悪ではない。それは無関心である。
もしも許されるならやりなおしたい、数多くのことのひとつだ。
そういうことが増えて増えて仕方なくなる、てのも大人になるていうことなのか。
忘れてしまえるならば楽だろうに。キャプテンは今結構テレビに出ている芸人と同姓同名で。
ブチ切れさせてしまった女の子は、ヨメの友人と姓名の漢字が全く同じなので。それらの名前が出る度に、
上に書いた一連の話がドバっと脳内に滲み出る。これも何かの因果なのだろうか。
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<本日の言葉>
「時は逝(ゆ)く、何時(いつ)しらず、柔(やはら)かに陰影(かげ)してぞゆく。
 時は逝(ゆ)く、赤き蒸汽の船腹(ふなばら)の過ぎゆくごとく。」
                                  北原 白秋