SF珍道中3「BEAT! L! A!」




(1)座席よりバックスクリーンを望む
(2)スタンドは大盛況
(3)ん?この投手は?
阪神と巨人。村山と長嶋。大阪と東京。日本と韓国。レッドソックスヤンキース
共和党民主党。曙と貴花田大鵬柏戸。古くは栃錦若乃花(今までも充分古い)。
トムとジェリートミーとマツ。ついでにピンキーとキラーズ、、、等々。
「宿命の対決」と冠される闘いは世の中に多々ある(若干不適切な例が)
SFとLA。この二つの町がどのような歴史を経、どのように闘ってきたか。
残念ながら不勉強にして知らないが。隣町(いうても何百キロと離れているが)で、
しかも全然雰囲気の違う町同士。日本と韓国の例を引くまでもなく、隣との関係が
一番微妙な関係である。不倶戴天の仇敵倒すべし!、というのは容易に想像できる。
ジャイアンツ(SF)とドジャーズ(LA)、同じリーグの同地区に属するこの二チームは、
SF市民とLA市民の代理戦争とも言うべき血みどろの闘いを繰り広げてきたのだろう。
その中の一戦を見ることができた幸運に感謝する。
球場に入ると、4回を少し過ぎたところであった。丁度地元SFが点を入れたところ。
オレンジ一色の場内は異様な盛り上がりを見せていた。ホットドッグとビールで、
簡単な食事を済ませた後、急ぎ足で雑踏をかき分け、席につく。壮観である。
満員の観衆を青い空が包む。緑の芝が目に心地よい。カリフォルニアの風が頬を撫でる。
「ピーナッツ!(恐ろしく大音声で)」「パップコーン!(同左。アクセント注意)」
耳を揺るがす売り子の声。至福の瞬間である。幸せだ。生きててよかった。
大げさでなくそう思った。
しばらく幸せを噛み締めた後、落ち着いてきたので、名鑑を引っ張り出してしばし研究。
と、左から視線を感じる。左隣には、初老の紳士と、その息子らしきハタチくらいの若者が。
その息子の方が、私の名鑑を盗み見ている様子。息子は私とは反対にいる父親に向かい、
「日本の人も来てんだ。日本の野球はもう終わったのかな、パパ」などとしばし日本談義を。
ふんだ。聞こえないと思いやがって。一方右側は五歳くらいのボクと父親の二人連れ。
ボクは退屈そうにゴソゴソ動き回り、父親の叱責を受けていた。無理もない。つまらんよね。
ついでにしばし周りに目をやり驚いたのだが、五歳のボクの親子のさらに右の方に一人、
また、私の右斜め前あたりに一人、と、このオレンジ一色の完全アウェーの中で、
あえてドジャーブルーを身にまとっているLAファンがちらほらいたのである。根性あるわ。
「俺にはドジャーブルーの血が流れている」とのラソーダ元監督の言葉ではないけど、
筋金入りのファンはどこにでもいたもんだ。しかし、郷に入れば郷に従え。私は
大リーグを観に行った時は(いうても僅か4試合目であるが)、必ずホームチームを応援する。
今日はジャイアンツファンだ。名前が少し気に食わないが、まあいいだろう(苦笑)
というわけで、ドジャーブルーは、本日は敵であるのだよ。悪く思うな。
試合は、ジャイアンツの若きエース・ケインの力投でジャイアンツリードのまま終盤にかかる。
しかし七回。疲れの見えたケインにドジャーズ打線が襲い掛かる。チャンスでバッターは
四番、マニー(Manny)・ラミレスに回ってきた。お、お前、ドジャーズにおったんや。びっくり。
いわずと知れた元レッドソックスの主砲は、青のユニフォームが恐ろしく似合ってなかった。
チェックしてなかった。不覚。場内は大ブーイング。そしてマネー(Money)!マネー!の大合唱。
果たして、ラミレスはブーイングなどどこ吹く風、難なく白球をはじき返した。LA逆転!
ため息の溢れる場内。そんな中KYなことに、右前と右横の青装束が俄然元気に。知らぬ同士が
がっちり握手なんかしちゃったりして。周りからは冷たい視線、それも知ってか知らずかしたり顔。
そして七回裏。Take Me Out to the Ball Gameの合唱の時は、皆が、サビのところで、
Let me root, root, root for the Giants! と言うところを、the Dodgers! とかぶせたり。
正直ハラハラもしたが、まわりも「今のところはやるなあ、でもこれからだよ」と冷やかしたり。
掛け合いが面白かった。しかし、以上のところは私はあくまで「傍観者」に過ぎなかった。
それを変えた瞬間がやってきた。神様がいるならば、試合に遅刻させてしまった私に
すまんかった、と帳尻をあわせてくれたのだろうか、とも思う。
八回表はじめ。「ケイイーチー・ヤーブー」、とアナウンス。
ん。どこかで聞いた名前だ。どこかで。あ、あー。藪やん。我らが藪御大やん。わあ、感動。
メジャーに上がってきてたんや。頑張ってほしい。でも大丈夫かいな、と思っていたところ。
「ケイイチ・ヤブって日本人みたいな名前だね」とひとりごちていた左隣の青年。突然私に、
「あなた、日本人だったら知ってるの?」と話しかけてきた。突然の無茶振りに面食らいつつも、
私は答えた、「知ってますとも!彼は我々のチームのエースピッチャーだったんですよ」
「へえ、どこのチーム。で、彼はいいの?」青年返す。
「オオサカ・ハンシン・タイガーズ(×ス)です。しかし彼については正直心配です。」
私は前半は胸を張って。後半はかぼそい声で答えた。藪が投球を始めた。視線は球場に戻った。
藪がいかに弱小時代を支え、我々の光だったかとか、彼が去った後で強くなって複雑だとか、
SYBS(Suddenly Yabu Burning Syndrome(ママ) = 突発性藪炎上症候群)とか、いろいろ話したかったが。
それこそKYなのと、語学の壁もありできなかった。ううむ。なんとも、もどかしい限り。
本当に、自分が投げてるんじゃないかと思うくらいドキドキしたが。藪御大、堂々のマウンド。
ピシャリ三人で締めた。見事な中継ぎぶり。正直、涙が出るほどだった。野球好きにはわかる、
彼のした仕事の価値。万来の拍手で迎えられる藪には、甲子園にいた時にも勝る輝きがあった。
私は手が赤くなるほど拍手してしまい、周りから失笑、微笑を買った。ま微笑と思いたい。
隣の青年もご満悦。「グッジョブ! いいじゃんなかなか。」
「ありがとう」、と何故か答えてしまった。実際、自分が褒められてるみたいに嬉しかった。
八回裏、また聞き覚えのあるアナウンス。「ネクストピッチャー。クーデーソーン」
クーデーソーン、クーデーソン。はて。はて。ああ、具ね。具デソンか。LAにいたんや。
オリオタクよ。君には報告義務のある話。ごめん。前話すの忘れていた。(私信失礼)
ジャイアンツファン連からは「誰やねんお前」という空気が流れたが、具はいつもの如く、
ひょうひょうと、八回を乗り切った。ぬぬう。勝負は九回。向こうは斉藤隆が出てくるんかな。
応援したいが、今日はジャイアンツファンだ。複雑だな、と思っていた。藪の次の投手が
九回表を難なく防ぎ、一点差を追い九回裏SF最後の攻撃。場内は嵐の前の静けさを保っていた。が。
「ズンズンズンズン、チャララチャララ、チャララララララララ、チャララ、チャララ、」
それを切り裂くように、聞き覚えのあるテーマが鳴り響く(文字にするとわからんちうねん)
そして突然の大音声。「ギャオーーーオウォオゥ」 モニターには見覚えのある怪獣が。
ゴジラだ。それも日本のゴジラだ。ゴジラが暴れまわっている、古い日本映画の映像が出てきた。
そこで画面が切り替わる。「MAKE NOISE!」そこで場内ワーワー、と盛り上がる。
「LOUDER!」さらに盛り上がる。するとゴジラがバンバンバンバン、と攻撃を受け、また
「ギャオーーーオウォオゥ」と叫ぶ。それを二度三度繰り返す。面白い催しではあったが、
いやなんか、複雑な感情になった。なんか、日本が攻撃されてるみたい、てのは読みすぎか。
それが終わると、今度は、「ビート!、エル!、エー!」(ロサンゼルスやっつけろ!)の大合唱。
これは面白くて一緒にやってしまった。そのまま異様な雰囲気の中プレー再開。
不思議なことに、斉藤は出てこず。怪我かな。具デソンの続投となった。これはどうなんかな。
日本ではどうかわからないが、米国にいるときに限れば、私には「野球運」があると確信する。
七年前の三試合は、うち二試合が延長サヨナラだった。また、野茂が出た、Rジョンソンが出た。
今度も何かが起こるに違いない。
案の定、ジャイアンツは最後の粘りを見せ、連打で無死一二塁の大チャンスを作る。
次打者は日本では当然の送りバントの構え。しかしアメリカでは珍しい。勝負への執念が見える。
が、やはり慣れないことをしてしまったからか、バントは小フライとなり凡退。場内からはヤジ。
いや、案外あれが難しいんですよ、と心の中で弁護する私は同じ状況でもっとひどいことを(苦笑)
チャンスはついえたかに見えたが、この日のドジャーズ内野陣は本当におかしかった。
何があったのか、と思うくらい。場内で延々続く「ビート!エル!エー!」に圧倒されたのか。
いやいや大リーガーがそんなメンタルが弱いことでは。。ま、これも野球の神のなせるわざか。
次打者のなんでもないサードゴロに、誰もが「終わった」と思ったが、一塁ランナーのスタートが
よく、躊躇したサードは二塁に投げられず、一塁送球も遅れ、セーフ。一死満塁!場内総立ち。
次打者も、なんでもないセカンドゴロだったが、ゲッツーは崩れてしまい、ついにSF同点に…
追いついたらしい…らしい、というのは、私の前の異様に体の太い人が立ってしまい、
(また書くが、アメリカにはこの体型の人が異様に多い)立ち遅れた私は決定的瞬間を
見逃してしまったからだ。くそう、今度は初めから立っといてやる。と決心してもせずとも、
もう場内で座っている人は、青装束の人だけで。興奮は絶頂である。
「ビート! エル! エー!」
「ビート! エル! エー!」
「ビート! エル! エー!」
津波のような声援に鳥肌が立つ。そして、
ピッチャー返しの打球が弾け、二遊間に転がる。間に合わない!
サヨナラだ!
誰彼構わず抱き合う観客。私も左隣の青年とがっちり握手。
右隣の五歳のボクはパパにグルグル空中で回されていた。
なんともしぶい結末ではあったが、野球の感動にはかわりない。
ホームランも野球なら、内野ゴロも野球である。
腕組みして悔しそうにグランドを見つめていたドジャーズファンも、気を取り直したのか、
周りと握手し始めた。「おめでとう、しかし次は負けませんよ」
いやいいねえ。こういうアメリカの姿勢って実にいい。相手を認め、相手を受容する。
しかしなんで国家としてのアメリカはそれを国際社会でできんのか。
ご存知のように、Take Me Out to the Ball Game はこう締めくくられる。
If they don't win, it's a shame.
For it's one, two, three strikes, you're out,
At the old ball game.
負けちゃったら嫌だけど。
ワンツースリーストライクでアウト。
それが野球ってもんさ。
**************
後日譚。
事前に勉強しておけばよかったんだが。あんだけ盛り上がっていたんだから、
さぞ両チームとも、優勝目指して佳境なんだろな、と思っていたら。
LAはともかくSFは全然優勝できそうにないぞ。あら。